コラム

8050問題とは

ひきこもり問題の長期化が生んだ「8050問題」。80代の親が50代の子ひきこもりの子を支える家庭からは生活困窮を始め、さまざまな問題が派生しています。本記事では、8050問題とは何か、当事者はどのような支援が受けられるのかについて紹介していきます。また、支援者側は中高年のひきこもりに対してどのような支援ができるのか、支援の課題についても触れていきます

80歳の親が50歳の子を抱える危うさ
8050問題とは、文字通り「80歳代の親と50歳代の子どもの組み合わせによる生活問題」を指した言葉です。2019年に練馬区で起きた元農水事務次官による長男殺害事件を機に、「8050問題」は一気に日本中に知れ渡りました。1990年代から顕在化してきた若者のひきこもり問題が解決しないまま長期化し、親の高齢化によって、経済的な負担を背負いきれない中高年の子ともども生活が立ち行かなくなる状況が生まれています。未婚の子どもと親との生活は、両親が元気なうちは成り立ちますが、一旦、親が要介護の必要な状態になってしまうと経済・生活双方が崩れ、親の収入で守られてきた子の貧困問題が顕著に現れます。親によってカバーされてきた家庭は、地域社会からも孤立していることが多く、問題が深刻になるまで発見されないケースがほとんどです。 2040年に向けて、日本社会は高齢化と未婚率をさらに上昇させていくと予想されています。8050問題は、従来のひきこもりの長期化、高年齢化による問題以上に、人口構造や世帯構造そのものが要因となり、今後さらなる深刻な社会問題となっていくでしょう。
中高年のひきこもりは、若者のひきこもりよりも多い61.3万人
2019年に内閣府が公表した「長期化するひきこもりの実態」では、初めて、40歳以上のひきこもりの調査結果が明らかになりました。調査結果によると、自宅に半年以上閉じこもり、外出したとしても社会との接点をもたない40〜64歳までの中高年ひきこもりは61.3万人に昇っています。7割以上が男性で、ひきこもり期間が7年以上にあたる人が半数以上を占めました。15〜39歳の「若者」のひきこもり、54.1万人という推計人数よりも40代以上のひきこもりの数が上回っており、長期化するひきこもり化と当事者の高年齢化が社会的に増大しているとわかります。
5080問題におけるひきこもりが長期化する背景
ひきこもりになる当事者の背景には、幼少期の家庭環境やイジメ、精神疾患や発達障害、職場の過重労働などさまざまな背景があります。ここでは、ひきこもりが長期化する背景に多い3つの事象を紹介していきます。
① 退職や職場の人間関係によるひきこもり
5080問題において長期化するひきこもりの背景には社会人経験のなかで、過重労働やイジメ、パワーハラスメントなどを受け、人間不信に陥った結果、対人恐怖や集団恐怖を残しひきこもりになるケースが多く見られます。内閣府による「長期化するひきこもりの実態」調査のなかでも、ひきこもりのきっかけとして最も多かったのが「退職したこと」「人間関係がうまくいかなかったこと」でした。中高年のひきこもりの場合、一度は社会人経験を経たのちに、さまざまな原因で退職し、ひきこもりとなるケースが見られるため高年齢化しやすくなるといえます。
② 根強い「恥」の文化に隠されるひきこもり
「家にひきこもりがいるのは恥だ」と捉える日本の文化に基づき、ひきこもりを社会から隠し続ける親の存在が長期化の要因となっています。練馬区で起こった元農水事務次官が40代の息子を殺害した事件も、息子の存在をひた隠しにし続けた上での犯行でした。特に、昭和30〜47年ごろに起こった高度経済成長期において、モーレツ社員として働いた80代の親世代は、就職することを美徳と考えており、働かない子どもを周囲から隠す傾向が強くあります。また、会社で出世してきた両親の元で育った子は、両親の熱心な教育や期待に応えようとするあまりに、自らの意思を無視し続けてきた負担によって、精神的なトラブルを抱えてしまうケースも少なくはありません。長く働いてきた両親は、経済的な基盤を強く持っている場合が多く、長期間にわたり子を「見えない存在」にすることを可能にしてきたといえます。
③ 生きづらさによるひきこもり
精神疾患や発達障害など心の病気による生きづらさからひきこもりとなるケースがあります。心の病気は、睡眠障害や食欲低下などの健康トラブルを起こし、通勤や通学が困難になるほか、意欲や不安感、緊張感などから、周囲の人とのコミュニケーションをとることが難しくなっていきます。病気が発症する原因はさまざまですが、発症をきっかけとして、社会との適応ができなくなった時に、ひきこもりの状態を引き起こすケースが多くあります。
ひきこもりの人が利用できる社会制度
ひきこもり相談は、市区町村、保健所、精神保健福祉センターをはじめ、各自治体の窓口において行われていますが、自治体によってはひきこもり窓口を明確にしていない場所もありますので、事前に電話などで確認するといいでしょう。また、自治体によっては「ひきこもり者の当事者グループ」「ひきこもり者を持つ家族の会」「ひきこもり家族教室」などといった集団活動を実施している場所もあります。
ここでは、ひきこもり当事者が利用できる代表的な社会制度や支援について紹介していきます。
ひきこもり地域支援センター
厚生労働省による「ひきこもり支援推進事業」のひとつとして、ひきこもりに特化した専門家のもとでひきこもり相談を受けることができます。支援センターでは、ひきこもり相談だけでなく、地域の医療機関や教育機関、ハローワークなどととの連携も取れているため、当事者や家族にあった適切な支援を受けることが可能です。
ひきこもりサポート事業
「ひきこもり支援推進事業」の一環として、市町村単位で行われるひきこもり支援です。地域の特性に合わせた支援を実施しているという特徴があります。地域でひきこもりとなっている人をできるだけ早く発見し、支援を行う各地の拠点となるほか、当事者や家族が安心して過ごせる居場所づくりやひきこもりサポーターの派遣などを行なっています。地域の関係機関を知るための場所としても活用ができます。
生活困窮者自立支援制度
厚生労働省による生活困窮者の支援制度として、市区町村ごとに生活全般にわたる相談窓口が設けられています。生活困窮者自立支援制度では、生活保護受給を行なっていない人の自立に向けた相談・就労することを前提とした住居確保給付金の相談などを受けることができます。就労を目的としない場合にも、生活に対する困りごとや不安に対しての支援プランや自立に向けた支援を受けることが可能です。
精神保健福祉センター
精神保健福祉法によって都道府県に定められた施設になっており、心の病気に対する相談を受けることができます。センターには、精神保健福祉士をはじめ医師や臨床心理士、保健師などの専門家が多数在籍しており、地域住民の心の健康を守るために、精神保健福祉に関する知識の普及や社会復帰に向けたプログラムを実施しています。ひきこもりの原因として、精神疾患に悩んでいる方はぜひ、足を運んでみましょう。
保健所
精神保健福祉センターと同じく、都道府県に設置されている保健所では、感染症や食品衛生、難病など幅広い相談を受けることができます。保健所には、保健師や医師、栄養士などの各方面の専門家が在籍しているため、精神疾患をはじめとした心の病気やひきこもり相談、関係機関などの紹介業務等も行なっています。直接出向くことが難しい場合には、電話でのやり取りも可能です。
地域包括支援センター
地域包括支援センターは、主に地域の高齢者が住みなれた街で生活を行えるように支援を行う施設です。保健師・社会福祉士・主任介護支援専門員等が在籍しており、「介護予防ケアマネジメント業務」「総合相談支援業務」「権利擁護業務」「包括的・継続的ケアマネジメント支援業務 」という4つの役割を地域で担っています。地域の高齢者の総合窓口として、8050問題のような事例を発見しやすい立場にある施設ともいえます。家族の介護が必要となった際の相談窓口として活用しましょう。
5080問題の支援者側の課題
これまで、ひきこもりに関する相談のほとんどが本人や家族といった単位でしたが、近年では、別居している兄弟や親の支援に入った地域包括支援センターをはじめとする介護支援機関や地域の民生委員などが相談に入ることも増えています。同居する家族以外の地域包括支援センターなどが、ひきこもりの家庭に関わってくるなかでの課題として、以下の3つが取りあげられます。 ① 市区町村のなかで、ひきこもり相談が明確になっていないところが多い。
② ひきこもり支援機関との連携が上手くできない。
③ ひきこもり当事者と会えない、支援が受け入れられない。
「ひきこもり」は病名ではなく、さまざまなきっかけが起因した結果に引き起こした状態の一種です。ひきこもり当事者の抱える問題は異なるため、①②のような課題が生じているといえます。今後は、一元的にひきこもりの相談を受けられる支援体制が必要となるほか、市町村などの地域の相談窓口においては、一つの窓口がひきこもりをはじめ高齢者や障がい者を一貫して引き受け、複数の部署と連携していく組織的な整備が必要となります。③に対しては、支援者側にとっては大きな壁となりますが、各相談機関がスキルを向上させていくと同時に日頃から関係機関同士が地域の情報等のやりとりを取り合うことが必要です。
●就労がゴールではない 家庭以外の「居場所」を増やす重要性
「8050問題」は練馬区の事件をはじめ、全国で起こる悲惨な事故をきっかけに、広く認知されるようになりました。今後も悲惨なニュースを生み出さないよう、ひきこもりの子を抱えている親はすぐにでも、外部へSOSを出し、子どもを自分のもとから解放していくことが大切です。中高年になればなるほど、当人の絶望感は肥大し、外部に出ていくことが難しくなります。彼らの多くは、社会経験や家族関係のなかで強いストレスを感じてきたという背景をもっており、人間関係への不安、緊張、疲労感から、自らの身を守るために社会から距離とっているといえるでしょう。
5080問題は決して、家族間で解決できる問題ではありません。ひきこもり地域支援センターをはじめとした各種相談機関を利用しながら、中高年のひきこもり当事者が外部に居場所を増やし、家庭以外の「依存先」を増やすように支援する必要があります。支援者は無理に就労へと引き出すのではなく、当人の意思やペースを尊重しながら、当事者が安心してよりかかれる居場所を創出していくことが重要です。

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